彗星の衰勢
「どうして彗星は太陽に向かうの?」
「摂理を守るためよ」
「せつり?それって大切なことなの?」
「大切なことではないわ。ただ、絶対なのよ」
「絶対ってものの為に、何百年も何千年も、時には何万年も旅をして身を削って、酷い時には惑星や太陽と衝突して消滅してしまったり、運良く帰って来れてもオールト雲を超えて戻って来れなくなってしまったりするの?」
「そうよ」
「それってなんか、可哀想だよぉ」
「可哀想って言葉は摂理の前では無意味だわ。だから彼らや彼女達にその言葉に捕われたりしないのよ」
「そうなの?そんなに摂理って絶対って強いものなの?なにモノもその前では無意味なの?」
「ある意味ではそうね。しかしそれは強い弱いではないのよ。ただそういう構造として象られているだけなの」
「じゃあ摂理や絶対は覆せないの」
「覆せないわ。かつて覆そうとしたモノはいたけど」
「そのモノはどうなったの?」
「どうあがいても摂理を覆せないと知り絶望して、堕天したわ。そして魔女と呼ばれる存在になったの」
「魔女は、今はどうしているの?」
「そうね......だぶんもう、いないと思うわ。」
「そっか」
「でもね。魔女の子供達はいるの。子供達はヒトと呼ばれて下界に満ちたわ。そして魔女の意思 を継いで摂理に挑みはじめたの」
「そうなんだ!それってとても素敵なことね。ねえ、そのヒトはどうやって摂理に挑んだの」
「祈ったのよ」
「祈る?」
「そう、摂理に意味を与え摂理を下界に貶める力。それが祈りよ。例えば、太陽は暖かい、夕日は切ない、光は眩しい、冬の朝は厳か、虹は神の通り道、なんて具合にね」
「彗星は世界の終わりとか?」
「そうね。たしか最近だと、『彗星は太陽系小天体のうち主に氷や塵などでできており、太陽に近づいて一時的な大気であるコマや、コマの物質が流出した尾(テイル)を生じるものを指す』なんて言ったりしてるわ」
「それも祈りなの?」
「そうね。本質は一緒だわ。ただヒトが勝手に摂理を定義しただけ。それに意味はない。ない、けれどそれをヒトは止めない。そうしてヒトは夕日や虹や流れ星を見て涙を流すのよ」
「それってとても素敵なことね」
「貴方ならそういうと思っていたわ。さあ、彗星の悲しみに想いを馳せて祈りましょう」
「私に出来るかしら」
「出来るわよ。だって貴方は、最初で最後のヒトなのだから」
「うん!ありがとう、お母さん!」